■第一回 〈歯周病〉
とにかく、血がでた。 それも、一箇所からではない。 至るところからである。 でも、痛くはない。それどころか、口の中に広がる血の匂い、味が心地よい。 癖になりそうだ。数日経つと、自由自在に血をだせるようになった。素晴らしい進化だ。 歯茎の部分を舌でいじくり、こねくり回し、ツーっと吸ってるといつでも、どこでも血がでた。これでいつでも、おれは咽喉を潤すことができる。 ・・・とは思わなかった。 よくよく調べてみると、口臭の原因になるというではないか。 これはマズイと思い、おいしいアメを舐めた。 ある時、事件が起きた。バイト先でいつものように血をだし、口の中で官能してから、アスファルトの上に吐き出すと、 「中井さん、どないしたんですか?」 とバイトの後輩がびっくりした声をだした。 「あぁ、最近ようでんねん」 と元気なく答えると心配そうに 「大丈夫ですか?」 とまた、聞いてきたので、 「あぁ」とだけ答えた。 なにか、コイツはとんでもない勘違いをしていると思った おれは軽く咳をしてから、また血を吐いた。そして遠くを見つめ、「みんなには、内緒にしてくれ」とおれは、眉間にシワを寄せ、渡哲也風に言った。 「病院に行った方がいいですよ、なんか重病かも知れないですし・・・」 重病のわけがない。 ただの歯周病である。 しかし、おれは「ありがとう」と爽やかに言った。 騙してるおれ。 騙されている後輩。 なんだか、この関係が気持ち良くなり、癖になった。 時にはロバート・デ・ニーロのように、時には遠藤周作のように数々の友人や後輩を騙していった。 そして、おれは、夜の蝶、パピヨンになった